令和8年熊本地震により被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復旧を祈念いたしております。
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REPORT

2026.10.04

気仙沼市へ行ってきました!

みなさん、こんにちは!8期生・チェロパートの髙橋季(たかはしはる)です!

9月27日(日)、私たちは【気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館】に行ってまいりました。 今回は、その研修の様子をレポートしていきたいと思います!! ぜひ、最後までお付き合いください。

東北ユースオーケストラは、2023年に気仙沼で有志演奏会を行いました。その際にも伝承館だけでなく、様々な被災地を巡り、震災当時から現在に至るまでの気仙沼市のリアルな現状を学ぶことができました。 当時の参加者は一部の有志メンバーでしたが、今回はより多くの団員が集まり、伝承館にて研修させていただくことができました!

当日は、全国各地から仙台駅に集合し、バスで気仙沼へと出発しました!! 一番早いメンバーは6:02発の新幹線で仙台に来ていたそうです。私はその頃、まだ夢の中でした……(笑)。

気仙沼市に向かう途中、過去の有志演奏会で大変お世話になった「南三陸さんさん商店街」でお昼ご飯を食べました!

2018年には、2回有志演奏会でお世話になった、3期生・フルートパートの石川慧花(いしかわさとか)ちゃんにも、久しぶりにこの地を訪れた感想を聞いてみました!

〇さとかちゃんの感想

南三陸さんさん商店街には4期の有志演奏会ぶりに訪れることができました。8年前には砂利が敷き詰められていた道がアスファルトで舗装されていたり、当時まだなかった建物ができていたりと確実に復興が進んでいるように感じました。ユースに入団して初めて参加した有志演奏会が南三陸さんさん商店街で行われたものだったので私にとって思い出深い場所でした。そのため今回多くの団員で訪れることができてとても嬉しかったです。


商店街には海鮮丼のお店がたくさんあり、好きな具材を選べるお店や、とにかくタコを激推ししているお店など魅力的なお店ばかりでした! 海鮮が大好きな奥山キャプテンは前日から何を食べようかずっと悩んでいて、大好きなミル貝を食べられてとても嬉しそうでした!!

商店街の隣には「南三陸311メモリアル」という震災伝承館がありました。今回は時間の都合で立ち寄ることが叶いませんでしたが、学生のうちに一度は訪れたいと思います。

さて、お昼を食べ終えて、いざ再出発!!!!

南三陸から気仙沼市までは車で約1時間半ほどで到着します。 気仙沼までの道のりはなんとなく覚えていて、とても懐かしく感じました。

伝承館に到着すると、見覚えのある方々に温かくお迎えしていただきました。 前回訪れた際にも、震災について分かりやすく解説してくださった語り部の皆さんと嬉しい再会となりました。

今回も4グループに分かれ、語り部の皆さんのお話を伺いました。 ここで、私が特に印象に残ったお話を紹介させていただきます。

伝承館があるこの階上地区は埋立地であり、海抜がとても低いため、普段から入念な避難訓練が行われていたそうです。 震災当時、宮城県気仙沼向洋高校では、もうすぐ終業式を迎える1・2年生が部活動を行っている時間帯でした。日頃の訓練の甲斐あって、生徒たちは動揺しながらも先生の指示に従って的確に行動でき、全員が無事に避難することができたそうです。訓練の大切さと、今後の防災に生かすべき素晴らしいエピソードでした。

一方で、向洋高校の屋上から見渡すことのできる「杉ノ下地区」を皆さんはご存じでしょうか。

この地区は過去の大津波でも大きな被害を受けており、気仙沼の中でも非常に防災意識が高い地域でした。 震災当日も、杉ノ下地区の皆さんは話し合いを重ね、過去の経験から絶対に安全だとされていた高台へ避難しました。しかし、標高13メートルの高台は、想定を遥かに上回る18メートルの津波に呑み込まれ、避難していた約60名もの方々が犠牲になってしまいました。

「絶対に大丈夫なんてことはない。より遠くへ、より高くへ避難すること」――この教訓を、杉ノ下地区の住民の皆さんが身をもって教えてくださったのだと感じます。

2023年に有志演奏会で気仙沼市に訪れた際には、実際その高台へ足を運ばせていただきました。「これだけの高さがあれば大丈夫そうだな」と感じてしまうような場所でした。 東日本大震災の津波がいかに想定外であったかを身にしみて感じると同時に、現場に立ってもなお、大津波の恐ろしさを想像することの難しさを実感しました。「これより高い波が来るなんて……」と困惑したことを今でもよく覚えています。

伝承館では、様々な被災状況のパターンについても学ぶことができます。息子さんとすぐに避難を始めた高齢の女性、家族のことが心配で会社から一度海の方にある自宅へ戻られた方など、、、

皆さんのお話を聞いてやはり、語り部の方もおっしゃっていた通り、日頃から地震や津波のことを意識し、「とにかく早く逃げ始めること」が何より大切だと改めて痛感しました。

私は震災当時、小学2年生でした。その日はたまたま学校が早い下校で、家に帰り着いて数分後に被災しました。家具が倒れ、皿が割れるなどの物的被害はあったものの、幸いなことにわが家は電気も水道も止まりませんでした。当時の私は「地震が怖かった」という印象しか残っておらず、原発事故の翌日も事故のことを知らないまま友達と外で遊んでいたほどで、被災したという実感がほとんどありませんでした。

そのため、2023年に初めて気仙沼市を訪れた際には、「自分のような人間が、震災の記憶を風化させないために東北ユースオーケストラで活動していて良いのだろうか」という葛藤や申し訳なさもありました。 ですが、前回の訪問時も今回の研修でも、語り部の皆さんは「ここで学んだことをどんどん外に発信して防災意識を高め、一人でも多くの命を救ってほしい」とおっしゃってくださいました。

私は今期で東北ユースオーケストラを卒団します。 残された時間の中でたくさんの有志演奏会に参加し、ユースを通じて東日本大震災の教訓や思いを伝えるお手伝いをしていきたいです。また、震災当時にまだ生まれていなかった若い世代の団員とも交流を深め、このオーケストラがこれからも未来へ続いていくよう力を尽くしたいと思っています。

今期から東北ユースオーケストラは新たなフェーズに入りました。 今後の演奏会で、応援してくださっている皆さまと素晴らしい時間を共有できるよう、これからの練習にもより一層励んでまいります。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

 次回の団員レポートもお楽しみに!!