REPORT

2025.11.26

縁をつなぎ、支え合う音楽

#東北ユースオーケストラを続けたい

このレポートを読んでくださりありがとうございます。
東北ユースオーケストラはみなさまのご支援によって成り立っております。 活動に対する寄付・募金については随時受け付けておりますので、ご協力の程よろしくお願いいたします。


みなさん、こんにちは!!

今回のレポートは、8期トランペットパートの我妻紅愛(わがつまくあい)がお送りしますよ!


(正面のまともな写真がありませんでした汗)

普段は、有志演奏係クラウドファンディングチームとして、TYOメンバーズの皆様へメルマガを配信しています。
実は自分の思いを文章にするのは少し苦手なのですが、広報担当の市川真名(まめい)ちゃんから「メルマガに書いてる感じでいいよ!」と言ってもらったので、いつものマイペーーースな感じでいきますよ~♪


1.音楽との出会い

私は2歳の頃から音楽教室に通い始め、歌を歌ったり体を動かしたり、とにかく自由に楽しんでいたようです。記憶はないのですが、母曰く、レッスン中は教室中を走り回ったり、「私いまアリエルだから動けない」など、謎の発言をしまくっていたようです。先生はさぞ困ったことでしょう…。

私が触れた楽器はおそらく鍵盤楽器だったと思います。(エレクトーンかピアノかは曖昧です!)小さい頃は、自宅の電子ピアノに自分の作った曲(誰でも思いつく感じのやつ)を録音して、それを流しながら踊るという遊びをしていたようです。昔から全身で音楽を楽しむタイプだったみたいです♪


2.トランペットとの出会い 

さて、私の音楽人生に転機があったのは小学4年生でした。
私の小学校では金管合奏部の募集がかかり、私は迷わず応募しました。というのも、私の家には母が吹いていたトランペットがあったのです。きっと私はトランペットを演奏する運命だったのです。
入部して迷うことなくトランペットを選びました。

数年後、弟の我妻世音(せのん)もトランペットを始めることになります。その経緯は先日、弟本人が団員レポートで書いていますが、「姉の姿がかっこよかったから」と書かれていて…私はそんなこと今まで一度も聞いたことありませんでしたね^^


3.TYOとの出会いと不安

私がTYOに入団したのは8期。きっかけは、すでに団員だった友人からのお誘いでした。
なんと7期トランペットメンバーがほぼ全員卒団したらしい、という情報を聞き、もともとオーケストラにあこがれていた私は「これはチャンス!」と勢いで応募しました!!!
こうして我妻はTYOのメンバーになったわけです。

さて応募に至った経緯までお話しましたが、次は我妻紅愛TYO入団編ですね!
これまでの団員レポートを読んでいても、人見知りの人は少なく無いようですね…私もそのひとりです。
人前で自分を表現することが苦手で、私の音楽表現を人に聞かせるのも苦手です。いまこの文章を書いている瞬間ですらちょっとドキドキしています。
楽器と性格に関連があるのかはあまりわかりませんが、「トランペット吹き(の性格)らしくないね」と言われたこともあります泣


4.ソロがくれた成長と仲間の支え

そんな内気な私ですが、入団した8期、私にとっての大事件が起こりました。
なんと、マーラー《交響曲第5番》のソロを任されてしまったのです。
おそらく選曲当初は私ではない方がやることが確定していたのですが、その方が退団してしまったことにより、私が吹くこととなった、という経緯でした。
もちろん、「ソロ吹きたい!」という団員が他にいる中で、私を選んでもらえたことは嬉しかったです。
しかし、それ以上に私にとってソロを吹くことは怖かったです。
会場に私の音しか響かないこと、他の団員や指揮者の栁澤さん、観客の皆様に自分の音を評価されることに、本当に自信がなかったのです。

不安がにじみ出ていたのか、
「不安だよね、わかる。」
「ここ、こうしてみたらどうかな?」
と、温かい言葉や具体的なアドバイスをたくさんかけてくれました。
練習の度に、
「いっぱい練習したんだね!」
「どんどん上手になってるね。」
と声をかけてくださって、それが本当に支えでした。
ほんまこれがTYOの良さです!!
年齢や経験も関係なく、お互いを励まし合いながら同じ方向に向かって進んでいく空気があるんです。



そして迎えた8期の演奏会ツアー1回目の盛岡公演。全楽章を吹き切って、栁澤さんにソロとして立たせていただいた時、支えてくれた人たちの顔が全部浮かんできて、泣きそうになりました。今思い出しても涙が出そうです…涙


5.震災と向き合うこと

9期の東北ユースオーケストラの活動は、それまで東日本大震災の復興支援される側として活動してきた私達が、支援する側、そして震災を語り継いでいく側としての活動を行うことが方針で決まりました。

私は7歳の時に福島市で東日本大震災を経験しています。しかし、津波の被害にあった団員の話を聞いたり、被災地で実際に起こっている問題を知るうちに、自分が知っているつもりだった震災の現実はごく一部にすぎなかったことに気づきました。そして、TYOが「支援される側」から「支援する側」へと立場を変えていく中で、自分はどのように活動すべきかを考えるようになりました。

私はTYOの復興支援活動として、気仙沼での震災伝承館の見学や有志演奏、そして能登半島地震で被災した氷見市での有志演奏を行いました。
そこには、大きな被害を受けた土地でしか感じ取れない空気がありました。
被災地で出会った方々の言葉、そこにある空気、その場所で音を鳴らすこと。
それらを通して、震災の記憶をつないでいくこと、そして「支援される側」から「支援する側」へと役割を引き継ぐこと。
東北ユースオーケストラが担ってきたその大切な意味を、私はあらためて強く感じました


6.温かさを繋ぐ存在へ

時がすぎ、私は大学4年生になりました。いよいよ卒団の年ですね。
気づけば団員のほとんどが年下になり、今度は私が「温かさを受け取る側」から「渡す側」へと変わっていました。

入団した年、「絶対フルメイクしないと練習いけない…!」と言っていた私は、2年目に入る頃にはすっかり安心しきって、ほとんどの練習にすっぴんで参加していました。
そのくらいTYOは温かくて、ありのままでいられる場所です。
(そのおかげで、このレポートに使える’’’メイクしてる写真’’を探すのに本当に苦労しました…!)

今も入団した頃の私と同じように不安を抱えた団員もいるはず。
私は大変微力…どころかミクロレベル微力かもしれませんが、TYOがこれからも’’安心して音楽を楽しめる居場所’’であるように、その温かさをつなげていきたいです。


7.未来への思い

そして、私は来年から音楽療法を勉強していく予定です!
音楽療法は人と人とのつながりを大切にする領域。
東北ユースで「音楽で人とつながる」喜びを何度も体験したからこそ、より深く学びたいと思うようになりました。

これからも、音楽が紡いでくれるご縁を大切に、一歩ずつ進んでいきます!!

そしてそして!音楽が紡いでくれるご縁といえば!!!
私が所属しているTYOクラウドファンディングチームがありますよ!!
毎週メルマガにて普段の練習の様子や有志演奏での詳しいエピソード、クラファンチームの超個人的な話まで配信しております。
クラウドファンディングを通じて生まれる「支援者の皆様とのご縁」を感じられることは、私たちにとって本当に大きな喜びです!
ぜひこの機会によろしくお願いします!^^

拙い文章ではありましたが、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!!
今後の東北ユースオーケストラの活動も、ぜひ見守っていただけたら嬉しいです♪

トランペットパート 我妻紅愛


#東北ユースオーケストラを続けたい

このレポートを読んでくださりありがとうございます。
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